取付ブログ
続・お客様の質問にお答えして 第46話
2026-04-02
先日3月30日の月曜日と、31日の火曜日に文字だけのブログを書き込ませて頂きました。
この件で比較的新しいお客様から良く分からない部分というか、話がかみ合っていないというか、
この件で比較的新しいお客様から良く分からない部分というか、話がかみ合っていないというか、
もうすこし31日の書き込みに対して解説を入れないと分からない部分が多い様だったので、
ここでもう少し追加させて頂きますので、
もし3月31日のブログをお読みでない方はそちらを先にご覧ください。
そもそも自分が今年の3月31日が会社の運命を変える出来事が起こって20年になるという事を忘れていて、
そもそも自分が今年の3月31日が会社の運命を変える出来事が起こって20年になるという事を忘れていて、
それで火曜日の定休日の夕方近くになって自宅からタブレットで慌ててみんカラブログに書き込み、
夜にはアメブロの方にまたタブレットで書き込んで、両方を見比べたら微妙に内容が違っていますが、
双方欠けた部分や多い部分がありますが、表現したい事の根源は同じです。
新しいお客様の質問は、サウンドピュアディオは生音・生声やスタジオの音を求めて音造りをしていたのに、
新しいお客様の質問は、サウンドピュアディオは生音・生声やスタジオの音を求めて音造りをしていたのに、
どうして2006年に実際の音とは違うからと上客の方にそっぽを向かれたのですか?」という事と、
「そうは言っても他のカーオーディオ専門店よりは生の音に近かったんですよね?」という事を聞かれました。
この部分は20年以上お付き合いのあるお客様だと皆さんご承知の部分ですが、
この部分は20年以上お付き合いのあるお客様だと皆さんご承知の部分ですが、
新しくお客様になられた方のために詳しく説明いたしますと、
1980年の終わりから1990年代の初めはまだナカミチが勢いがあった頃で、
ナカミチの取扱店で成績優秀なお店は東京の小平にあった
ナカミチの本社ビルの中にあった100人ほどが入れるコンサートホールで、
1月に毎年違うアーティストを招待して、目の前で生演奏を聴いた後にCDをもらって、
それを基準に音造りをして、それで成績の良い店はまた次の年の1月に生演奏が聴けてという
ビジネスの良いリズムがありました。
それは初代社長の中道悦郎の時代の話で、
それは初代社長の中道悦郎の時代の話で、
悦郎さんが亡くなってからしばらくしたらそのコンサートも無くなってしまいました。
その後2代目社長になってからは儲け主義に走って、
その後2代目社長になってからは儲け主義に走って、
タイヤショップやエンジンチューンをしている店にどんどん販路を拡大していき、
それが失敗して「ナカミチの商品は高いばかりで音が良くない。」という悪い話が広まり、
どんどん売り上げが下がって来ました。
別に商品が悪い訳ではなくて、
別に商品が悪い訳ではなくて、
それらのショップは音を調整する技術が無いのに高額な製品を未調整で販売していたので、
それで評判を落としていたのでした。
それでナカミチの製品が売れなくなったからと今度はオートバックス専用の安い製品を作って、
それでナカミチの製品が売れなくなったからと今度はオートバックス専用の安い製品を作って、
コストを下げているのに妙に素の音に近づけようとしているからこれが不人気で、
ナカミチのブランドは地に落ちてしまい、
自分が師として尊敬していた東京のM社長は親戚に店を譲って業界を引退されて、
自分は師匠はいないし年に一度の生演奏を身近で聴ける機会も失って途方に暮れていました。
そんな時にナカミチの製品に電源キャパシタやヘッドキャパシタを付けたら音がカキ―ン!と伸びて、
そんな時にナカミチの製品に電源キャパシタやヘッドキャパシタを付けたら音がカキ―ン!と伸びて、
電源とRCAとスピーカー端子にロジュームメッキを使ったらこれまた音がカキ―ン!と伸びて、
ほんの少し使用するだけならまだしも、一度これを体感したらクセになり、
ユーザーで車全体にこれらのパーツを入れる方が増えて、
一時的にこれらの物がグループ内でブームになりました。
当時の自分は生演奏はメーカーが聴かせてくれるものだという勝手な思い込みがあって、
当時の自分は生演奏はメーカーが聴かせてくれるものだという勝手な思い込みがあって、
自分からチケットを買って聴きに行く事は無かったのですが、
2004年に福岡で上妻宏光さんのコンサートがあるという事でチケットを買って聴きに行ったのですが、
この時には「あれっ? 何か違う? ひょっとして何か違う方向に行っていないか?」と思い始めて、
2年後の2006年の3月31日に佐賀市で上妻さんのコンサートがあると知って、
会場にチケットの発売日に一番に行って最前列を買ったのでした。
それで一人で聴きに行けばお客様を失わずに済んだのに、
それで一人で聴きに行けばお客様を失わずに済んだのに、
福岡店で一番の高額システムを買われたお客様を誘って行って、
そのお客様は電源キャパシタは2本付いていて、
ヘッドキャパシタにRⅮAに電源にスピーカー端子は全てロジュームメッキとフルに付いていて、
これらの物は音が派手になって付ければ付けるほど元の音楽の形から変わるという、
今考えたら怖い製品でした。
それでそのお客様は2度とサウンドピュアディオで買われる事は無かったのですが、
それでそのお客様は2度とサウンドピュアディオで買われる事は無かったのですが、
その後の多くのお客様への対応でキャパシタは使って容量減りして来たら外して次には販売しないとか、
車の買い替え時にロジュームメッキは使わないなどの対応を行って、
それ以外のお客様からそっぽを向かれる事はありませんでした。
長くお付き合いのあるお客様だとご存知なのですが、
長くお付き合いのあるお客様だとご存知なのですが、
その時の出来事を自分は『20歩100歩』と呼んでいて、
他の店が本当の音から100歩ズレているとして、
自分が作っている音は50歩とは言わないが20歩はズレている!と強く感じて、
それからは自分が調整用のCDで使う楽曲の方のコンサートにはまめに通う様に心がけました。
それ以上にそれまで行っていなかったFMラジオの音楽番組や音楽イベントのスポンサーになって、
それ以上にそれまで行っていなかったFMラジオの音楽番組や音楽イベントのスポンサーになって、
その縁で多くの演奏家やボーカリストの方と知り合う事が出来て、
真に生音・生声を追及するという、1990年の途中まで他の方の力で出来ていた事を、
自社の力だけで行う様に舵切を行いました。
今日の内容は3月30日と31日の書き込みと重複している部分が多々ありますが、
今日の内容は3月30日と31日の書き込みと重複している部分が多々ありますが、
全てを読んで頂けたら最近サウンドピュアディオのお客様になって頂いた方にも、
サウンドピュアディオの歴史と、ナカミチの製品が日本用の製品が発売されなくなった後に、
サウンドピュアディオの製品がそれを補完するための製品であるという事がお分かり頂けたと思います。
サウンドピュアディオはナカミチの初代社長の中道悦郎さんの、
サウンドピュアディオはナカミチの初代社長の中道悦郎さんの、
『オーディオを作る人間は音楽を作る人間よりも上に立ってはいけない。
良い音楽を作る人がいるから我々は仕事が出来る。』という言葉を忘れない様に、
日々仕事に精進しています。
最後になりましたが、計画性が無くてあれこれと重複した事を書き込んだ事をお許し下さい。
最後になりましたが、計画性が無くてあれこれと重複した事を書き込んだ事をお許し下さい。
