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取付ブログ

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スバル・レヴォーグ カーオーディオの音質アップ

2022-12-28
本日は水曜日で宇部店は一週間の始まりで、福岡店は火曜・水曜日休みのために通常はお休みですが、
年末で遠方からのお客様が多いので、今週は水曜日も営業しています。



さて今日ご紹介する1台は、先日の福岡店の作業から、スバルのレヴォーグです。



スバル純正のナビオーディオを装着した状態で入庫となって、
フロントスピーカーの取付とドア防振の施工を行いました。



まずはドアの内張と防水シートを外して、外板裏に防振マットと防振メタルを貼り合わせます。



次に外した内張の吸音フェルトを外して、セメントコーティングの施工を行った後にフェルトを元に戻して、
ドアに組み付けます。



その前にドアの16センチスピーカーを取り外して・・



インナーバッフルを製作して、13センチサイズのピュアディオブランドのZSP-LTD15を
装着しました。



内張りとバッフルの間に使う吸音スポンジはウェーブ状の物を使う専門店が多い中、
サウンドピュアディオでは確かに低音が増えるものの、音色が不自然に聴こえるので、
あえて普通の形の物を使用して、正確な音色で音楽が再生出来る様にしてあります。



ダッシュにはワイドスタンドを製作してJU60を取り付けて、
シンプルなインナー取付ながらハイエンド2WAYの構成になっています。



スピーカー周り以外の作業では一度ナビは取り外して、
裏からピュアディオブランドのPSTケーブルで音を取り出して、グローブボックス下まで送って行きます。



グローブボックス下には比重の高いMDF板を敷いて、
その上に合計10ピースのフルバージョンのピュアコンを取り付けました。



点数が多い分ほど調整出来る幅が大きく、イコライザーを使う前にかなりの音調整が出来ます。



またイコライザーはレベルの上下は出来てもインピーダンスは全く動かせないので、
レベル以外の調整が出来るピュアコンはそこが他の専門店が表現出来ない音色が表現出来る肝となっています。



ピュアコンで音を整えた後、イコライザーを使って音を整えて、
極めてフラットな生音・生声に近いサウンドに仕上がりました。



日産エクストレイル カーオーディオの音質アップ 後編

2022-12-26
今日ご紹介する1台は、昨日の福岡店の完成車から、日産のエクストレイルです。



システムアップのための入庫で、
フロントスピーカーがJU60とZSP-LTD15に替わった所までが前編でした。



リアの20センチのJBL製の小型ウーファーは取り外して、
25センチ用の本格的なエンクロージャーを製作してピュアディオブランドの25センチウーファーを
取り付けて、大きな荷物を積んだ時様にカプラーで取外しを可能にした構造になっています。



ラゲッジのアンダーボックスにはナカミチのPA-2004にピュアディオバージョンのアンプを取り付けて、
フロントの2WAYとリアのサブウーファーを駆動しています。



チャンネルディバーダーは見えない部分に付いているので、店頭のディスプレイの写真を引用して、
ここでフルレンジのRCA信号をフロント用の中高音とウーファー用の低音に分離します。



元の音源はカロッツェリアの1DINタイプのサイバーナビで・・



画面を閉じたらこの年式のエクストレイルは3DINになっているというのが分かりました。



全ての結線が終わって音が鳴る様になったら、サイバーナビのイコライザーと、
グローブボックス下のピュアコンのパーツの値を変えて音を追い込んで行きます。



エクストレイルのお客様はDEENの福岡公演にはほぼ毎回行かれていて、
新しいZeppになってから3回と、その前のZeppにも行かれているので、
ユーザー招待の楽屋入りに3・4回行かれていてご本人の生声をよくご存知なので、
PA寄りの音よりはより本人の生声に合わせたセッティングを心がけていました。



あーでもない、こーでもないと散々ピュアコンのパーツの値を変えて試聴を繰り返して・・



最後にはイコライザーがフラットの位置が一番生音・生声に聴こえる様になりました。



セッティングが終わったら直ぐに山口に向けて帰らないといけなかったので、
お客様の納車には立ち会う事は出来ませんでしたが、
池森さんの生声に近いと喜んで頂ければと思いながら福岡店を後にしました。



カローラクロス カーオーディオの音質アップ

2022-12-25
今日ご紹介する1台は、本日の福岡店の完成車から、トヨタのカローラクロスです。



全車工場装着のディスプレイオーディオ付き車で、
以前乗られていたお車からのスピーカーの移設取り付けと、ドア防振の施工を行いました。



まずはドアの内張とインナーパネルを外して、指で外板裏をはじいて響きを確かめて、
響きの中心と周波数に合わせて防振材を貼り合わせます。



方ドア8枚の防振材を貼って、貼る量が少ない割に減衰率が高くて、
ブチルゴムの使い過ぎで鈍い響きが出る事もなく、スムーズで心地よい響きのドアに変わります。



ドアの16センチスピーカーは取り外して、JBLのP560Cのミッドのみを取り付けて・・



インナー取り付けなので見た目は純正のドアそのままです。



ツイーターは純正の物も位置も使わず、
スタンドを使ってミッドよりも上のグレードの508GTIを取り付けています。



508GTIのミッドはハイパワーで押す仕様になっているので内蔵アンプには向いていなくて、
ツイーターは上級を使いながらミッドは普及帯の効率の良いPシリーズを使うという組み合わせが
一時期多く売れていて、おそらく550セット以上は売れていたという、
ピュアディオが単品ユニットを大量に仕入れて作った組み合わせです。



550セットぐらいと細かい数字が分からないのは、500セットは単品ユニットでまとめ買いしていて、
セット物を分割して販売した物が数十セット存在しているので、約550セットの販売が予測できます。



続いてディスプレイオーディオを一度分解して、裏から音信号を取り出して、
ピュアディオブランドのPSTケーブルでグローブボックス下まで送ります。



グローブボックス下にはMDF板を敷いて、
その上にブラックボックス4連の合計8ピース構成のピュアコンを取り付けて、
かなり細かい音調整を行ってツイーター用の高音と、ミッド用の中低音に分離して信号を送ります。



ディスプレイオーディオではかなり3トーンを動かさないと物足りなく聴こえるのが、
全てセンターでもきちんと音楽が聴けるぐらいの仕上がりになっています。



もう少し音を追い込んでから納車の準備に入りたいと思います。



今のサウンドピュアディオが出来るまでの40年史+12 第8話 1982年から83年

2022-12-24
サウンドピュアディオの40年史とその前の12年を振り返るこのシリーズも、
やっと前回で宇部市厚南区中野開作に山口県初のカーオーディオ専門店を開業する所まで行きました。



現在は美容院が出来ているこの場所も、当時はもう少し建物が大きかったとはいえ、
店内にデモカーを置くと随分と狭いお店でした。



ただ最初は効率が良かった店内デモカーのパルサーも、後々お客様が増えて来ると邪魔になって来て、
2年ぐらいで県外のお店で欲しいという所が出て来たので、そのお店に売却とまでは行きませんが、
運送費を出してもらったら差し上げますという事で運ばれて行きました。



アイデア自体は良かったのですが、資金の少ないのを展示品を減らすという意味で使っていた物も、
その後収益が上がる様になって、取り扱い銘柄が増えて行くことで場所が狭くなって来ました。



オープンした時に資金が少なかったのに、徐々に展示品が増やせたのには訳があって、
商品が置けない分ほどメーカーの新製品の発表会に行って物を見て触って、
それでカタログでお客様に説明しないといけなかったので、
まず誰よりも一番先に会場に行って、次に一番前の席に座って、一番真剣に聞くという、
3つの一番を心がけていました。



メーカーの説明が終わって現品が触れる時は、隅から隅まで見て、
取説無しでもスイスイと動かせる様に覚えて帰りました。



ちなみに当時山口県で地主のボンボンでカーオーディオのビジネスをしている人がいて、
その人は遅刻して来て、一番後ろに座って、居眠りをしていたので、
それがたった10年で逆転してしまい、最後にはそういう会社が2社無くなったので、
いくら祖父の代からの財産があっても、やる気が無ければ収益が上がらず、
祖父の代の財産を切り売りするしかなく、やる気という形の無いものの怖さを知りました。



真っ先に会場に行って、一番前の席に座って、
一番真剣に話を聞くという習慣は1年ぐらいで直ぐに効果が表れて、
それがメーカーの偉い人の目に止まって、「あの若者が誰だ?」という話になって、
「宇部市のオーディオボックスという所で、とてもうちの新製品を置けるお金はありません。」と
言われていたそうです。



そこであるメーカーの偉い人が、
「あの若者の店にうちの商品を置いてもらいなさい。」という話になって、
それだけでなくて、「売れても直ぐに付ける商品が無いといけないから、在庫も貸し出しなさい。」と
いう話になって、それで展示品や在庫がメーカーから届いたので、
「そんなメーカーに恥をかかす訳にはいかない!」と頑張っていたら、
もう2社が同じ様に貸し出しで商品を置かせて欲しいと言って来て、
置く商品が無いから店内デモカーで場所を使っていた事が出来なくなって、
メーカーの紹介で県外まで取付方を教えに行っていたお店にあげる事にしました。



ただいつまでもメーカーから商品をお借りしている訳にも行かず、
そのうちに収益が上がって来ると銀行も融資をしてくれて、
全て自分で買い取って商売が出来る様になりました。



ここまでを振り返ると自分は人の話を良く聞くという習慣があって、成功者の話には必ず耳を傾けて、
その聞く姿勢が良いから他の人まではなかなか教えない様な話を聞く事が出来て、
流行に乗って勢いがあったお店も5年ぐらいで潰れる所が多いのに、40年もやって来れたのだと思います。



今思い起こすと聞く力というか、聞く姿勢は自分が生まれ育ったとんでもない山奥で、
なかなか人に合う事も話を聞く事もなく、人から話が聞けるという事が特別な事だという意識が
知らないうちに付いていたのと・・



こんな山の麓の家を探せば20軒ぐらいしかない場所で、矢印の空き地に小学校があって、
ここが複式授業といって、一人の先生が1年と2年の授業をするという、
黒板が半分半分で1学年に半分の時間しか先生が話してくれないので、
必死で聞いていないと授業に付いていけなくなるという環境で育ったからかも知れません。



1982年のスタートから順調に進んでいる様に思えたカーオーディオ専門店オーディオボックスも、
オープンから1年ちょっとで危機的なピンチを迎える事になりました。



それは自分が趣味で行っていた無線の事で、
当時は取付作業が忙しくて無線の交信をする時間はありませんでしたが、
短波で海外の音楽放送を聞くために大きなアンテナを付けていて、
まだインターネットなど全く無い時代ですから、
海外でヒットした楽曲1か月遅れぐらいで日本で流行って来て、
短波放送では新曲で出たとたんに知る事が出来て、曲のテンポが変わったり、
途中で一瞬ブレイクして止まったりする楽曲を事前に覚えておいて、
ディスコに行って輸入盤で初めてダンスフロアーで流れたとたんにリズムに合わせて踊れて、
例えばクール&ザ・ギャングのミス・レッドなどは「こんな緩い曲では踊れない・・」みたいに
誰もダンスフロアーに出ていないのに、一人で踊っていて、
途中で急にアップテンポに変わってそれに合わせて踊っていると、
「何であいつこの曲のパターンを覚えているの?」的に注目されるのが嬉しくて
短波放送を聴きまくっていました。



ただ大きな無線のアンテナを上げている事で、違法無線をやっている人が集まって来て、
「無線機の修理をして欲しい。」とか、「この無線機を取り寄せて欲しい。」と集まる様になりました。



ただそこは違法な無線な訳で、当時は日本では使えないアメリカ規格の無線機を使うのは法律違反だが、
販売するのは取り締まる法律が無かったので、違反と知りながらも摘発が無いので扱う店もありました。



儲かるならやればいいと思う方もあるかも知れせんが、違法な無線は当時反社会組織の資金源になっていて、
アメリカ規格の周波数を勝手に〇〇会はこのチャンネルを使っていいとかいう許可を出して、
月に一人から1万円を徴収するなどという話があって、かなりの資金源になっていた様です。



そこにもって来て某党の国会議員が違法な組織の会合と知りながら、
「あなた方は我々が守りますから、我々に投票して下さい!」と言っていたらしく、
まるで〇〇教会の様に党が悪い事をしても捕まらない様に守るという、
真っ当に難しい試験に合格して免許を取った自分としては、これだけ苦労して取った資格が無線というだけで、
『柄の悪い人の趣味』にひとくくりにさせて迷惑していました。



ある日そういう組織の人がアメ車2台で乗り付けて、
「アメリア規格の無線機を扱ってもらえませんか?」、「儲かる様にしますから。」と言って来ていて、
そこにオーディオメーカーの人がたまたまやって来て、
「あの様な人が頻繁に出入りする様なら取引を見直さないといけません。」と言われたので、
無線の道具は全て売却して、「無線の事は一切しません!」と、
趣味でも無線関係の事とは全く縁を切っていました。



それから37年間無線という物から全く縁を切っていて、知らない間に法律が変わって、
違法な無線機は使っても販売して取り締まりの対象となって、
世の中から違法な無線はゼロとは言いませんが激減していました。



今年の9月に山口県でDEENさんのコンサートがあった時に、
一人だけ無線の仲間の人が一緒だったのですが、
池森さんに「ここ方は僕の無線の仲間で・・」と紹介したら「えー、無線の?」と、
無線=ガラの悪い人というイメージがあったのでしょう。



ここで話は80年代から現在に移りますが、
この80年代に違法な無線の組織をある党が票田にする事で日本の優れた技術者の卵を潰してしまったという
事実を最近自分は強く感じています。



それは小学生や中学生になると男の子は電波に興味を持って来て、
27メガヘルツの出力0・5ワットのトランシーバーを買って友達と交信して遊んで、
そのうち他の校区の学生とも交信するともっと遠くに電波を飛ばしたくなって、
それでアマチュア無線の国家試験を受ける様になります。



ところがアメリカ規格の27メガの無線機を日本で使い、
更にそこに500ワットだ1000ワットだという出力ブースターを付けると、
0・5ワットの電波など簡単に消されてしまいます。



そこである一定の時期にそういう実験をしている学生が極端にいないので、
優れた技術者の卵が潰されたという事になります。



最近〇〇教会をある党が守ったり利用したりしているという報道がされていますが、
違法な無線はある時期票田として守られていたので、
自分の波長をピッタリと合わせるとか、インピーダンスをピッタリ合わせるという感覚が分からない人が多く、
自分の今の技術を継承するのに物凄く困っています。



そのため今電波の伝搬実験を行って、学生さんに少しでも興味を持ってもらおうと努力していますが、
1980年代は無線の世界から遠ざかっておかなかったら今日のサウンドピュアディオは無かったかも
知れません。



日産エクストレイル カーオーディオの音質アップ 前編

2022-12-23
今日ご紹介する1台は、現在の福岡店の作業から、日産のエクストレイルです。



二世代目のボディーですが、実はモデル末期に発売されたディーゼル車で、
三代目が発売された後も一時期同時に販売されていたお車で、マニュアルミッション車です。



購入された時に当店で取り付けられていたシステムをリニューアルしました。



ワイドスタンドを製作して取り付けていたJBLの508GTIのツイーターを、JU60に交換しました。



ドアはフル防振の施工を行った後に、JBLのP560Cのミッドをインナーで取り付けていた所から、
アウターバッフルを製作してピュアディオブランドのZSP-LTD15に交換して、
ピュアディオ推奨のハイエンド2WAYスピーカーシステムとなりました。



リアのウーハーはJBLの20センチサイズを使ったベーシックウーファーパッケージから、
本格的な25センチのエンクロージャーを製作して、付け替える作業をしています。



助手席下のウーファー用のパワーアンプを取り外して、
ラゲッジに大型のフロントスピーカーとウーファーを鳴らすためのアンプを取り付けます。



今日の所はここまでで、後日これより先の作業を『後編』でお届け致します。



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